大人になること

 大人というのはどのようなことを指すかは自分は知らないが、世の中においてどのような美徳が大人を指すかはわかるようになってきた。他人の責任を背負うこと、背負ったことがあることが多分それを指している。成熟であったり、若くないというのは、これを持つことを指すんじゃないかと思う。多分これは30ぐらいを境に人に課されるハードルで、家庭を持つことだったり、会社の中で相応の地位を持つことで、そういった能力を身につけるようになるみたいだ。

 

 自分もまだ若い頃、やらかして警官にキレられながら言われたことがある。自分勝手さを咎められながら、お前は子供がいないからわからないだろうが、子供がいるとわかると。当時は当然ながら意味はわからなかったが、そういった責務を背負って初めて見えることがあるという話なら、今なら十分理解出来る。

 

 他人の責任を背負ったことがない人間というのは、見ればすぐわかるようになった。「若者」というやつは、いつだって自分の話しかしない。自他の区分が明確過ぎることは多分あまりよくないんだろう。自分の能力で、自分の持っているもので、自分のための行動をする。それが馬にあってる人間もいるだろうが、年齢が上がるとそうは言ってられない場面に出会い、いつしか態度は軟化する。受け入れなければいけない瞬間が来る。そしてそういった場面に出会えなかった人間は、やはり若干奇妙に見える。

 

 自分からするとそんなものはただのスキルでしかないと思うが、スキルというのは環境によって身に付けさせられるものであることは確かだ。そういった環境を適切なタイミングで体験出来なかった場合、身につけることは難しいかもしれない。大人になることがいいことかはわからないが、大人になっているやつとそうじゃないやつで階層は明確に分かれるし、次第にまともな人間は「若者」の周りから消えていく。そういうのは傍から見てると結構キツいものがあるのはわかるが、自分がもっぱらつるんでいるのはそういったはぐれものの連中だ。

 

 20にも30にもこういった形で成熟に関する美徳が存在して、自然に通り抜けられなかったやつは消えていくタイミングがある。自分が思うに、20の美徳というのは自分の力だけで生きることで、30の美徳は他人のそれは他人の責任を背負うことなんだろう。もう少し上に何があるのかは知らない。20になれなかったやつも、30になれなかったやつも見てきた。大体ろくな経験にはならないが、一回ぐらいはちゃんと体験した方がいい。